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私たち人間は、生まれてきたときすぐに自分で食べ物を探して食べるわけではない。
母親の胸に抱かれて、あたたかい愛情のこもったお乳をもらって成長する。
これは人間だけではなく動物の世界でも哺乳類は、皆おなじように母親からお乳をもらって大きくなる。
やがて、自分の足で歩けるようになると、母は少しずつ言葉を教え、乳飲み児は、簡単な幼児ことばから
はじまって日常生活のコミュニケーションが出来るまで語彙を増やしながら成長していく。
ある夜、おさな児が病いになれば、母は、一晩中寝ずに看病をしてわが子の命をまもった。
やがて、おさな児も青年になり、乙女に成人してパートナーを見つけて家庭を持つ。そして子供ができる。若い母親は、
自らが乳飲み児のとき母から受けた深い愛情と尊い恩を、今度は自分の子供に与え恩返しをする。
その子供は、次の世代に、また次の世代に、・・・・ と次々と愛情と恩のサイクルが糸でつながっていく。
これはいったい何がそうさせるのだろうか、最近ふと考えてみた。
人間社会では、これを親の愛情とか、親から受けた恩と呼ぶが、人間社会意外にも
このような行動はある。
動物の世界でも親が雛の餌を一日中捜しまわり、雛が外敵に襲われそうになると自らの身を挺してわが子を守る。
わが子が病死すると何日もそのそばを離れないで見守る象の話も知っている。
これは、動物の本能だろうか、それとも親の愛情だろうか。本能と愛情と恩、この三者は全く同じのもではないだろうか、
と考えるようになった。
相当むかしの事になるが、ジョイ・アダムソン(英国人)が書いた「野生のエルザ」(ノンフィクション、原名:Born free )という本がある。
夫がアフリカで野生動物の監視官だったアダムソンはある時、夫と監視活動の途中で
親を失ったメスの赤ちゃんライオンに出会い、自分の家に連れてかえって自分の子供のようにして育てる。名前をエルザとつける。
やがてその赤ちゃん「エルザ」は成長して一匹のりっぱな雌ライオンになる。アダムソンはエルザの将来に悩む。エルザをこれ以上自分の手元において
おくより野生に返していい相手を見つけて子孫を残して欲しい、と思うようになる。涙を流しながらエルザに別れを告げ、野に返す。
何年かのち、そのエルザが三匹の自分の子ライオンを従えて返ってくる。このとき、アダムスは感激のあまりエルザに抱きつくシーンがあり
感動のクライマックスとなるが、この行動はエルザには、本能なのか恩返しなのか。
この動物にも人間にもあるこの行為は、生きとし生けるものが持つ基本的なセンチメント(Sentiment)であり、
知能指数の高い生き物のもつ学習能力ではないだろか。自分が育った環境の中で
愛情とか恩の中身を学習する。環境が違えば中身は全く違ってきてしまう。
不幸にして、親を失った幼児は親の愛情受ける機会もなしに、愛情を学習しないまま成長する。
オーファンと呼ばれる孤児院で育った子供に犯罪率が高いのもそんなところに原因があるかも知れない。
モンゴメリーの「赤毛のアン」では、オーファンで育った少女が養母に泥棒扱いにされるところがある。
それでもアンは心の美しい少女だったが、これはフィクションであって現実ではなかった。
子供の育つ環境作りは大切である。日の丸や君が代を法制化して子供に歌わせ、戦前の教育に戻そう考えている文部省は、
これで子供の環境づくりが前進するとはまさか考えているわけではないだろう。
子供が成長するいい環境づくりは、愛情のあふれた新しい未来につながる世界でもある。
今度のコソボ紛争で多くの孤児ができた。少し前にはベェトナムでも、コンゴでも、ザイールでも、
紛争地域では今でも親を失った孤児が毎日うまれている。
日本でも北米でも、両親の離婚が増え続けている。
この親の愛情を失った世代が成人した世界、恩のサイクルの糸がぷっつりときれてしまった社会は、どんな世界になるのだろうか。
コインロッカーに赤子を捨てたり、ごみ袋に幼児を入れて放置するなどは極端な例であろうが、
愛情を知らない世代の群衆の中に自分をおいて考えてみるとぞっとする事がある。
つい最近そんな場面に出会った。その話を、次回にしよう。(Buson)
コラム(99・6・1)
「筆は剣より弱し?」
石原東京都新知事の実行力は
直木賞受賞作家の次に芥川賞作家が東京都の知事になった。どうも東京都民は作家がお好きらしい。
それとも、学者や官僚臭さに飽き飽きして新鮮な在野の民を選らんだのだろう。
今回の都民の選択が正しかったかどうか、早ければ1年、遅くとも 2、3年もするとその輪郭がわかる。
そもそも作家とは、「筆は剣より強し」といわれているように剣をもって戦いに挑むこと(行動力)
を蔑視してきた。戦いのフロントラインよりずうっと後方にいて味方の戦略を眺め批評し、
失策を声高かに非難する。そんな後方では、敵の出方は充分観察できないから所詮味方のあら探しになる。
もの書きは、何人かの例外はあるが、行動力に疎い。
石原新知事の国会における参議院、衆議院議員時代の言動を振り返ればその断片が所々にみえる。
運輸大臣になっても運輸官僚を使いこなせなかった。自民党に籍を置きながら自民党の批評はしたが、
自民党の改革にはあまり貢献しなかった。このあたりが、厚生大臣をやって一躍人気を上げた菅氏と行動力に違いがでた。
これまで石原氏が掲げている問題も、米軍横田基地の返還、中国南京虐殺問題、尖閣諸島領有権問題など外務省の管轄下の問題が多かった。
もし、石原氏が本当に現在の日本を愁うのであれば外務大臣の方が適材適所だろう。
これらの矛盾をふまえた上でも、都民は歯切れのいい石原氏を選らんだ。
東京都は今、都市計画の相次ぐ方向転換や大型プロジェクトの中止で、膨大な財政赤字を抱えている。
また、国際都市としての "TOKYO" の魅力も年々下降して、いつのまにかシンガポールに負けてしまった。
人口密集、超過密、交通渋滞、高物価、息苦しいばかりの自動車の排気ガスの匂い、無秩序なビル建設。
財政再建と都民の生活環境の向上をどう両立させていくか、この相反する課題を、新都知事がどう舵を取っていくか。
そこが、石原氏の腕の見せ所、そのあたりの再建プランが楽しみだ。
石原氏は、ことがあれば「ひらめきのない人間はだめ」と繰り返してきた。
まず、財政再建策としてお台場にカジノをつくろうと言う案も彼一流のひらめきだろう。
遊んでいる金を、ルーレットで吸い上げるのもまんざら悪い案ではない。
気になるには、同窓だけを集めてひらめきを絞り出すよりもっと効果的に、全国民から、
全世界からでひらめきを集めたらどうだろう。いまも、インターネットによる東京都の提案窓口があるが
提案が生きるような仕組みになってない。事務的に設置してあるだけ。
近年、ニューヨーク市が犯罪の少ない都市に生まれ変わったもの、
新しい知事による手腕と幅広く市民の声を拾った功績が実を結んだ。財政再建も着々と進んでいる。
ここで、石原氏に太平洋のおお向うから一つひらめきを提言したい。
新宿の繁華街の庁舎を売却してから都庁を都下のもっと空気のきれいでたっぷり仕事空間が取れる田舎に移してはいかがだろうか。
引越し費用を支払っても都庁の売却益で充分採算が合うし、多分お釣が出る。こうすれば、過密問題と財政問題が
同時に解決はしないまでもいくらか和らぐ。インターネットで世界の距離感がなくなっている時代だ。
都庁が田舎に移ったら、いまの複雑な文書手続き、所定用紙、印鑑、本人出頭条件などの
日本独特の諸手続き業務をインターネットで処理できるように行革も同時に進めれば、距離の不便さは間もなく解消されるだろう。
ご存知と思うがニューヨーク州の庁舎は、ニューヨーク市にはない。ニューヨーク州の片田舎アルバニーにある。(Buson)
石原新東京都知事に関連して、弟の故裕次郎氏と同窓の重松彬氏から次のコメントをいただきました。
ご紹介しましょう。
石原さんは私とほぼ同じ世代。あの頃の湘南族の生態も垣間見ているので、
「スカッとさわやか」という気持には今一歩。私共の年代の者は、予科連にも行かず、
戦場を経験しないまま終戦を迎えました。石原さんは小さい頃お父さんを亡くされたそうで、
お母さんは二人の息子を、戦後の窮乏のなかで育てるのに大変な苦労をされたことでしょう。
そのお母さんのことがあまり知られていないのは残念です。あれだけ立派な兄弟を育てあげたのですから、
きっと涙なくしては聞けないのかもしれません。そのうち石原さんの名文で読ませてもらえることを期待します。
石原さんの一橋の同窓生も、「彼はしっかりしていた」と評価していました。私は地方から浪人して東京の大学に入りました。
その田舎からのぽっと出には、湘南族はまばゆい存在でした。「太陽の季節」は、彼らが地でやっていることを書いたもの。
日本の若者のほとんどがぎりぎりの耐乏生活を強いられている時に、湘南の特権的な子弟がやりたい放題のことをやって、
文壇の、そして世間の喝采を浴びる。羨望と嫉妬なんでしょうねぇ。何とも複雑な気持でした。あの頃の学生にも、
重い神輿を自分では担がず、脇で掛け声ばかりかけているのがいました。
石原さんの華々しいデビューにはなんかそんな感じがしたものです。徒歩競争やマラソンを走りぬくのではなく、
アイスリンクをスケートでスーッと滑っていく感じ。そのまま大臣になったのですから、弱者に対する思いやりの
逸話がないのも当然かもしれません。環境庁長官時代、陳情にやってきた市民団体に対し「多忙だ」と面会を拒否。
そしてテニスに出かけたのは、いかにも石原さんらしい。先憂後楽ではなく、自分の楽しみが第一。
総選挙による政権交替よりアスコット競馬の方が大切なエリザベス女王と王室一家もその伝です。
重松彬(元BBC日本語放送解説員、カナダ国営CBC日本語放送担当、現在は定年退職してバンクーバーにお住まいである。)
「追記」
99・6・18の朝日新聞にこんな記事がありました。
石原慎太郎・東京都知事が18日、都心から南に1000キロ離れた小笠原村の父島を訪れた。
村制20周年を祝う式典に出席し、村内を視察するためだ。
ところが、自衛隊の飛行艇で午前11時に到着すると、すぐに船に乗り移り父島沖でダイビング。
約30分間の「海中視察」を終えた知事は、式典で「今日もワンダイビングしてきたが潮が冷たくてあまり良くなかった」。
都は「お忍び」として日程を公表していなかったが、知事自ら明らかにしてしまい、現地の職員は渋い顔。
島民の中には「税金を使って父島まで来て、いきなりダイビングとは」との声も。
自衛隊も大変だ。私的なホビーに飛行艇まで用意しなくてはならないのだから。次回は潜水艇も?
それにしてもどうして新聞社に口止め料を倹約したのだろう。そこだけは、スハルトやマルコス大統領と違う。
それに東京都民は寛容だ !(編集部)
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